「DX人材を採りたいが、そもそも応募がない」
デジタルトランスフォーメーション(DX)の必要性は、中小企業の経営者も十分に理解しています。しかし、いざ取り組もうとすると最初に突き当たるのが「DXを推進できる人材がいない」という壁です。
求人を出してもデジタル人材の応募はゼロ。転職市場でDX人材は引く手あまたで、中小企業の条件では太刀打ちできません。かといって外注に頼り続ければコストがかさみ、社内にノウハウも蓄積されません。
ここで選択肢として浮上するのが、既存社員のリスキリング(学び直し)によるDX人材の社内育成です。「今いる社員にデジタルスキルは無理では」と思う経営者も多いでしょう。しかし、リスキリングの本質は「全員をエンジニアにする」ことではありません。自社の業務課題を、デジタルツールを使って自ら解決できる人材を育てることです。
中小企業のリスキリングでよくある3つの誤解
誤解1|「リスキリング=プログラミング教育」ではない
リスキリングと聞くと「社員にプログラミングを学ばせるのか」と思われがちですが、中小企業のDXに必要なのは、プログラミングよりもデジタルツールの活用力です。
Excelの関数やマクロを使って手作業を自動化する。クラウドツール(Google Workspace、kintoneなど)で情報共有を効率化する。RPAツールで定型業務を自動処理する。これらは高度なプログラミング知識がなくても習得可能で、現場の業務改善に直結します。
誤解2|「若い社員しかデジタルには対応できない」は間違い
「ベテラン社員にデジタルは無理」という思い込みも多いですが、実際にはベテラン社員のリスキリングが最も効果を発揮するケースがあります。なぜなら、業務の非効率を最もよく知っているのはベテランだからです。
「この伝票処理、毎月手作業で2日かかっている」「この集計、もっと楽にできないか」——こうした現場の課題感を持った人が、デジタルツールの使い方を覚えると、改善のスピードが格段に上がります。業務を知らない若手がツールだけ覚えても、何を改善すべきかがわかりません。
誤解3|「大規模な投資が必要」ではない
リスキリングには大きな予算が必要だと考える経営者も多いですが、中小企業の場合、最初のステップは無料または低コストで始められます。
オンライン学習プラットフォーム(Udemy、Schoo、YouTube等)を使えば、一人あたり月数千円から学習環境を整えられます。さらに、人材開発支援助成金を活用すれば、研修費用と研修中の賃金の一部が助成されます。助成金の活用法については人材開発支援助成金でつまずく5つのポイントを参考にしてください。
リスキリングの進め方|3つのステップ
ステップ1|「デジタルで解決すべき業務課題」を棚卸しする
リスキリングの出発点は、ツール選びでも研修選びでもなく、「自社のどの業務がデジタルで改善できるか」の棚卸しです。
全社員に「日々の業務で面倒だと感じていること」「時間がかかりすぎていると思う作業」をヒアリングします。紙の申請書を毎回手書きしている、同じデータを複数のシステムに入力している、在庫確認のために倉庫まで行っている——こうした声を集めることで、デジタル化の優先順位が自然に見えてきます。
このヒアリング自体が、社員を巻き込む第一歩にもなります。「自分たちの困りごとを解決するために学ぶ」という実感があると、リスキリングへのモチベーションが高まります。これは指示待ち社員を変えるキャリア自律の作り方でも述べた「なぜ」を伝えることの重要性と同じです。
ステップ2|「小さく始める」——1人×1業務からスタート
棚卸しで見つかった課題のうち、最も効果が高く、最も着手しやすいもの1つを選び、担当者を1人決めてスタートします。
いきなり全社員にデジタル研修を受けさせるのは逆効果です。「やらされ感」が生まれ、現場の反発を招きます。まずは1人が1つの業務をデジタルで改善し、その成果を社内で共有する。「○○さんが経費精算を自動化して、月2日分の工数が浮いた」——この実績が、次の人を動かす最大の説得材料になります。
担当者の選び方は、デジタルに詳しい人ではなく、「業務の改善意欲が高い人」を選ぶのがポイントです。ツールの使い方は学べますが、「もっと良くしたい」という意欲は教えられません。
ステップ3|助成金を活用して「継続」の仕組みを作る
小さな成功体験ができたら、次は継続の仕組みを作ります。ここで活用したいのが人材開発支援助成金です。
事業展開等リスキリング支援コースでは、新たな分野で必要な知識・技能を習得するための訓練に対して、経費助成率が中小企業の場合は最大75%となります。オンライン研修や外部研修も対象になるケースがあるため、費用を抑えながら体系的な学習を続けられます。
ただし、助成金の申請には事前の計画届出が必要です。「研修を受けてから申請」では間に合いません。スケジュールに余裕を持って準備することが大切です。
【無料】リスキリングの前に、組織の学びへの意欲を確認する
リスキリングの成否を分けるのは、ツールや研修の内容よりも、「学ぶことに対する組織の雰囲気」です。「新しいことを学んでも評価されない」「忙しくて学ぶ時間がない」と社員が感じている組織では、リスキリングの施策は空回りします。
キャリアクリエでは、組織全体のエンゲージメントや成長意欲を短時間で把握できる無料の組織診断ツールをご用意しています。リスキリングに取り組む前に、組織の「学び」に対する土壌を確認してみてください。
現場を巻き込むために|「やらされリスキリング」を防ぐ
リスキリングで最も警戒すべきは、社員が「やらされている」と感じることです。会社の指示でデジタル研修を受けさせられた社員は、研修中もスマホをいじり、終わればすべて忘れます。
「やらされ感」を防ぐためのポイントは3つあります。まず、「なぜリスキリングをするのか」を経営者が自分の言葉で語ること。「業界が変わっている。うちも変わらないと生き残れない。だからみんなに新しいスキルを身につけてほしい」。この経営者の本気度が伝わるかどうかが、第一の分岐点です。
次に、学んだことを活かす場を用意すること。研修で覚えたExcel関数を使う業務がなければ、スキルはすぐに錆びます。学ぶ → 使う → 改善する のサイクルを回せる環境を同時に整えることが大切です。
最後に、学びの成果を認めること。小さな改善でも「よくやった」と認め、社内で共有する。この承認サイクルが、次の学びへのモチベーションを生みます。
まとめ|リスキリングは「全員をエンジニアにする」ことではない
中小企業のリスキリングは、高度な技術者を育てることが目的ではありません。「自社の業務課題を、デジタルの力で自ら解決できる人」を一人ずつ増やしていくことが目的です。
業務課題を棚卸しし、1人×1業務でスタートし、成功体験を社内に共有する。助成金を活用して継続の仕組みを作り、学びを評価・承認する文化を育てる。この地道なプロセスが、中小企業のDXを前に進める唯一の道です。
