「そろそろ正社員に」と思っているなら、制度を知ってから動くべき理由
長く働いてくれているパートさん、頼りになる契約社員——「そろそろ正社員にしてあげたい」と考えている経営者は多いはずです。実はこの正社員転換、手順を踏んで行えば国の助成金の対象になります。それがキャリアアップ助成金の正社員化コースです。
ただし、この助成金は「正社員にした後で申請すればもらえる」ものではありません。転換の前にやっておくべき準備がほとんどすべてで、順序を間違えると1円も支給されません。このコラムでは、令和8年度(2026年度)のキャリアアップ助成金・正社員化コースについて、支給額、対象者の要件、新設の加算、手続きの流れ、そして不支給になる典型パターンまでを整理します。
※金額・要件は変更されることがあります。最新は厚生労働省の一次情報をご確認ください。
正社員化コースの支給額(令和8年度版)
支給額は、「どんな労働者を」「どの雇用形態から」転換するかで変わります。中小企業の場合、後述する重点支援対象者を転換すると、有期雇用→正社員で1人あたり80万円(40万円×2期に分けて支給)、無期雇用→正社員で40万円です。重点支援対象者以外の場合は、有期→正規で40万円、無期→正規で20万円となります。
支給は1事業所あたり年度内20名までが上限です。数名規模の転換でも数百万円規模の支援になり得るため、非正規社員の多い会社にとってはインパクトの大きい制度と言えます。制度の全体像や他コースとの関係はキャリアアップ助成金の基本解説をご覧ください。
対象になる労働者の要件——「重点支援対象者」とは
令和8年度の正社員化コースは、重点支援対象者を手厚く支援する設計になっています。重点支援対象者に該当するのは、主に次のような労働者です。
第一に、雇入れから3年以上経過している有期雇用労働者。長く有期のまま働いている人の転換を後押しする趣旨です。第二に、雇入れから3年未満であっても、過去5年間に正社員だった期間が1年以下で、かつ過去1年間に正社員として雇用されていなかった人。つまり「正社員経験がほとんどないまま働いてきた人」です。第三に、派遣労働者や母子家庭の母等。そして第四に、人材開発支援助成金の特定の訓練を修了した人です。
自社のパート・契約社員が重点支援対象者に当たるかどうかで支給額が倍近く変わるため、転換を計画する段階で、対象者ごとの雇用履歴を確認しておくことが重要です。
新設・情報開示加算とは——事業所単位の加算は最大80万円
正社員化コースには、1人あたりの支給額とは別に、事業所単位の加算があります。いずれも「1事業所1回のみ」で、対象者の人数分もらえるものではない点に注意してください。
加算は3種類です。①正社員転換制度を就業規則に新たに規定した場合の加算:20万円。②勤務地限定・職務限定・短時間正社員といった「多様な正社員制度」を新たに規定した場合の加算:40万円。そして令和8年度に新設されたのが③情報開示加算:20万円です。これは、厚生労働省の職場情報総合サイト「しょくばらぼ」または自社ホームページに所定の職場情報を公表した場合に加算されるもので、採用力強化の観点からも取り組む価値があります。3つすべてに該当すれば、加算だけで最大80万円。初めて正社員転換制度を整備する会社ほど、加算を取りやすい構造になっています。
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手続きの流れ——転換前の準備が9割
手続きの流れはこうです。①キャリアアップ計画書を作成し、転換の前日までに労働局へ提出→②正社員転換制度を就業規則に規定→③対象者を正社員に転換→④転換後6ヶ月の賃金を、転換前6ヶ月より3%以上増額して支払う→⑤6ヶ月分の賃金支払い後、支給申請。
この流れを見れば分かるとおり、勝負は転換の前に決まっています。特に重要なのが次の3点です。第一に、キャリアアップ計画書は転換の前日までに提出しておくこと。転換後に出しても認められません。第二に、転換制度が就業規則に規定されていること。「社長の一存で正社員にした」では制度に基づく転換と認められません。就業規則に転換の要件・時期・手続きを明記し、その規定に沿って転換する必要があります。第三に、賃金3%以上の増額。転換前6ヶ月と転換後6ヶ月の賃金を比較して3%以上増えていることが要件で、比較方法には細かいルールがあるため、賃金設計の段階で確認が必要です。
不支給になる典型パターン
実務でよく見る「もらえなかった」パターンを挙げます。①計画書の提出前に転換してしまった——最も多い失敗です。転換日と提出日の前後関係は動かせません。②就業規則に転換制度の規定がない、または規定と実際の運用が食い違っている。③賃金増額が3%に届いていない。基本給を上げたつもりでも、手当の廃止などで総額が要件を満たさないケースがあります。④もともと正社員として雇う前提だった人を、形だけ有期で雇ってから転換した——助成金目的の形式的な転換は対象外です。⑤支給申請の期限切れ。転換後6ヶ月の賃金を支払った後の申請期間は限られています。
いずれも、制度を知らずに「先に転換」してしまうことが失敗の根です。正社員化を思い立ったら、辞令を出す前に要件を確認する——これだけで防げる失敗がほとんどです。
人材育成との組み合わせ——訓練修了者は重点支援対象者になる
もう一歩踏み込んだ活用が、人材開発支援助成金との組み合わせです。人材開発支援助成金(人材育成支援コース)は、10時間以上のOFF-JT訓練を計画届の事前提出のうえで実施した場合に、中小企業なら訓練経費の45%(賃金要件等を満たせば60%)と、訓練期間中の賃金助成(1人1時間あたり800円、要件を満たせば+200円)が支給される制度です。
注目すべきは、この助成金の特定の訓練を修了した有期雇用労働者は、正社員化コースの「重点支援対象者」に該当し得るという接続です。つまり、「訓練で育ててから正社員にする」という王道の育成ストーリーが、訓練への助成と正社員化への助成の両方で支援されることになります。非正規社員のキャリア形成支援としては、セルフキャリアドックの仕組みと組み合わせる方法もあります。詳しくはセルフキャリアドックと助成金の解説をご覧ください。また、賃金の底上げには業務改善助成金(2026年度版)という選択肢もあり、自社の課題に応じた使い分けが可能です。制度の全体像を手元で確認したい方には中小企業向け助成金ガイド(無料PDF)をご用意しています。
まとめ|「先に転換」だけは絶対にしない
整理します。①重点支援対象者の有期→正規なら中小企業で1人80万円(40万円×2期)、年度上限は20名。②事業所単位の加算は制度新規規定20万円・多様な正社員制度40万円・新設の情報開示加算20万円で、いずれも1事業所1回のみ。③キャリアアップ計画書の事前提出・就業規則への規定・賃金3%増額——転換前の準備が9割。④人材開発支援助成金の訓練修了者は重点支援対象者になり、育成と正社員化を一気通貫で支援できる。
正社員化は、本人の人生にとっても会社の定着にとっても大きな一手です。せっかくの決断を助成金の面でも無駄にしないよう、辞令を出す前に、まず計画書と就業規則の準備から始めてください。
