「大企業が賃上げするたびに、うちの社員が転職していく」
ニュースで「大手企業がベースアップ○%」と報道されるたびに、中小企業の経営者は胃が痛くなります。大企業と同じ水準の賃上げは、中小企業の経営体力では現実的に難しい。しかし、給与差が開けば社員の不満は高まり、転職の理由になります。
確かに、給与は社員にとって重要な要素です。しかし、給与だけが定着を決める要因ではありません。エンゲージメント調査の研究では、社員が「この会社で働き続けたい」と思う理由として、「仕事のやりがい」「成長の実感」「職場の人間関係」「上司からの承認」が、給与以上に影響を与えることが繰り返し報告されています。
このコラムでは、賃上げに頼らずに社員を定着させる具体的な方法を解説します。「お金がないから人が辞める」という思い込みを変え、中小企業ならではの強みを活かした定着戦略を考えましょう。
給与だけでは定着しない理由
「給与への不満」と「離職の決定打」は別物
社員が退職する際に「給与が低い」を理由に挙げることは多い。しかし、退職の本当の決定打は別にあるケースがほとんどです。「給与が低い」は言いやすい理由であり、本音は「上司との関係が悪い」「成長の機会がない」「自分の仕事が評価されていない」であることが少なくありません。
アメリカの心理学者フレデリック・ハーズバーグが提唱した「二要因理論(動機づけ・衛生理論)」では、給与は「衛生要因」に分類されます。衛生要因とは、不足すると不満を生むが、充足しても積極的な満足にはつながらない要素です。つまり、給与が低すぎれば不満の原因になりますが、給与を上げただけでは「この会社で頑張ろう」という動機にはなりにくいのです。
定着を左右するのは「動機づけ要因」
一方、「動機づけ要因」——仕事の達成感、承認、責任、成長——は、社員の積極的な満足とモチベーションを生みます。中小企業が勝負すべきは、給与(衛生要因)での消耗戦ではなく、動機づけ要因の充実です。
賃上げなしで定着率を上げる5つの方法
方法1|「あなたの仕事を見ている」と伝える——承認の仕組み化
社員が最も「辞めたい」と感じる瞬間のひとつは、「自分の仕事が誰にも見てもらえていない」と感じるときです。逆に、「上司がちゃんと見てくれている」「自分の貢献を認めてくれている」と感じられれば、給与への不満があっても「もう少しここで頑張ろう」と思えるものです。
承認とは、大げさな表彰制度のことではありません。日々の業務の中で「ありがとう」「助かった」「よくやった」と声をかけること。これが最もコストゼロで、最も効果のある定着施策です。
ただし、これを管理職個人の「心がけ」に任せると続きません。月1回の1on1で「今月の良かった仕事」を必ず一つ伝える、全体ミーティングで「今月の貢献者」を紹介する——こうしたルールにして仕組み化することが重要です。
方法2|「成長している実感」を作る——学びの機会の提供
「この会社にいても成長できない」は、特に若手社員の離職理由の上位に入ります。中小企業では、日常業務が固定化しやすく、新しいスキルを学ぶ機会が限られがちです。
研修や資格取得の支援は、給与の代わりにはなりませんが、「この会社は自分の成長に投資してくれる」という実感を与えます。オンライン学習サービスの費用を会社が負担する、業務時間の一部を学習に充てることを認める、資格取得に対して一時金を支給する——こうした施策は、大きなコストをかけずに実施できます。
さらに、人材開発支援助成金を活用すれば、研修費用の一部が助成されます。助成金の活用については人材開発支援助成金の活用法を参考にしてください。
方法3|「裁量」を与える——自分で決められる範囲を広げる
社員のモチベーションに大きく影響するのが「裁量権」です。自分で判断し、自分のやり方で進められる範囲が広いほど、仕事への責任感とやりがいが高まります。
中小企業では、経営者がすべてを決めるスタイルになりがちです。しかし、細かい業務の進め方まで経営者が指示すると、社員は「自分は指示を待つだけの存在」と感じます。
「この業務のやり方は任せる」「このプロジェクトの進め方は君が決めていい」「予算○万円の範囲で自由に使っていい」——こうした裁量の委譲は、コストゼロで社員のモチベーションを劇的に高めます。モチベーション低下の構造的原因については社員のモチベーション低下の真因と対処法も参考にしてください。
方法4|「キャリアの見通し」を示す——面談と対話
社員が「この会社にいて、将来どうなるのか」という不安を持っている場合、いくら給与を上げても不安は解消しません。必要なのは、「あなたのキャリアについて、会社として一緒に考える」という姿勢を示すことです。
年1回のキャリア面談で、「今後どんな仕事をしたいか」「どんなスキルを身につけたいか」「3年後にどうなっていたいか」を話し合う。そして、その希望を可能な範囲で業務配置に反映させる。この対話の有無が、社員の定着を大きく左右します。
外部のキャリアコンサルタントとの面談を組み合わせれば、社員は上司には言えないキャリアの本音も話せます。セルフキャリアドックの仕組みについてはセルフキャリアドックとはをご覧ください。
方法5|「働きやすさ」を整える——柔軟な働き方
給与以外で社員の満足度に大きく影響するのが「働き方の柔軟性」です。フレックスタイム、リモートワーク、時短勤務、有給休暇の取りやすさ——こうした制度は、導入コストが低い割に社員の満足度への影響が大きい施策です。
すべての業種・職種で柔軟な働き方が可能なわけではありませんが、「週1日のリモートワーク」「月1回の半日有休推奨」「子どもの行事に合わせた時差出勤」など、小さな柔軟性でも社員の「この会社は自分の生活を大事にしてくれる」という実感につながります。
【無料】「社員が本当に求めていること」をデータで知る
給与以外の定着施策を効果的に打つためには、社員が本当に何を求めているかを把握する必要があります。経営者が「うちの社員は給与が不満だろう」と思っていても、実際には「承認の不足」や「成長機会のなさ」が本当の課題かもしれません。
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まとめ|「お金がないから人が辞める」は本当か?
もちろん、あまりにも低い給与は問題です。生活が成り立たないレベルの報酬では、どんな施策も効果がありません。しかし、一定水準の給与が確保されている前提であれば、定着を左右するのは「給与の額」よりも「給与以外のすべて」です。
承認の仕組み化、学びの機会の提供、裁量の委譲、キャリアの対話、柔軟な働き方——この5つは、いずれも中小企業の経営体力で十分に実行可能です。むしろ、経営者と社員の距離が近い中小企業のほうが、大企業よりもこれらを実践しやすい環境にあります。
「大企業に給与で勝てない」のは事実です。しかし、「人が辞めない会社」を作る方法は、給与以外にたくさんある。その方法を知り、実行することが、中小企業の定着戦略の核心です。
