「育休を取らせたい。でも、その間の仕事は誰がやるのか」
「制度としては育休を認めたい。本人にも取ってほしい。でも、あの人が半年抜けたら現場が回らない」——中小企業の経営者から、この言葉を聞かない月はありません。大企業なら部署内で吸収できる欠員も、一人ひとりが多くの役割を担う中小企業では、そのまま現場の穴になります。育休の問題は、突き詰めれば「気持ち」の問題ではなく「体制」の問題なのです。
この体制の穴を埋めるためにお金を出してくれるのが、両立支援等助成金の育休中等業務代替支援コースです。令和8年度には新規雇用パターンの最大支給額が81万円へ拡充され、中小企業にとって使いやすさが増しました。このコラムでは、仕組み・2つのパターン・申請の流れを、経営者目線で整理します。
育休が進まない本当の理由は「現場の穴」
「男性育休の取得率を上げましょう」「女性が働き続けられる会社に」——方向性に異論のある経営者は、実はほとんどいません。それでも育休が進まないのは、経営者の意識が低いからではなく、抜けた人の業務を引き受ける具体的な当てがないからです。
当てがないまま育休に入ると、何が起きるか。残った社員に業務が「なんとなく」上乗せされ、不満が溜まります。育休を取った本人は「迷惑をかけた」という負い目を抱え、復帰後に居づらくなります。次に育休を考える社員は、その様子を見て取得をためらいます。体制のないまま送り出した育休は、取った人も残った人も苦しくするのです。
逆に言えば、代替体制さえ整えば、育休は「現場の危機」ではなく「業務を見直す機会」に変わります。その体制づくりの費用を国が支援するのが、このコースの趣旨です。
育休中等業務代替支援コースの仕組み
両立支援等助成金は、仕事と家庭の両立を支援する企業向けの助成金で、令和8年度は出生時両立支援、介護離職防止支援、育児休業等支援、育休中等業務代替支援、柔軟な働き方選択制度等支援、不妊治療及び女性の健康課題対応の6コースで構成されています。全体像は両立支援等助成金の解説記事で整理していますが、その中で「現場が回らない問題」に正面から応えるのが育休中等業務代替支援コースです。
このコースが助成するのは、育休を取った本人ではなく、その人の業務を代替する体制を整えた会社です。代替の方法によって、大きく2つのパターンに分かれます。①代替要員を新たに雇い入れる(派遣の受け入れを含む)「新規雇用」パターン、②社内の周囲の社員で業務をカバーし、その社員に手当を支給する「手当支給等」パターンです。中小企業が支援の中心に据えられており、まさに「一人抜けると現場が揺れる」規模の会社のための制度と言えます。
新規雇用パターン——令和8年度は最大81万円に拡充
新規雇用パターンは、育休取得者の業務を代替する人材を新たに雇用(派遣受け入れを含む)した場合に助成されるものです。令和8年度には最大支給額が81万円へ拡充されました。支給額は代替期間の長さに応じて増減する仕組みで、育休が長いほど、つまり会社の負担が大きいほど手厚くなる設計です。
「育休の間だけ人を雇うなんて非現実的だ」と感じるかもしれませんが、派遣の受け入れも対象に含まれる点がポイントです。半年〜1年の期間限定であれば、派遣や有期雇用での補充は現実的な選択肢になります。助成金が人件費の一部を補うことで、「補充したいが費用が出せない」という壁を低くしてくれます。
また、プラチナくるみん認定を受けている企業などには加算の仕組みも用意されています。加算の条件や金額の詳細は年度によって変わり得るため、申請前に必ず一次情報をご確認ください。
※金額・要件は変更されることがあります。最新は厚生労働省の一次情報をご確認ください。
手当支給パターン——社内でカバーする場合も対象
「新しく人を入れるほどではない。社内で分担してしのぎたい」という会社も多いはずです。その場合に使えるのが手当支給等パターンです。育休取得者の業務を周囲の社員が分担し、その社員に対して業務代替手当を支給した場合に、会社が助成を受けられます。
このパターンの価値は、金額そのものよりも「カバーしてくれた人に、会社がきちんと報いる」文化をつくれることにあります。育休のしわ寄せが「タダ働きの上乗せ」になっている職場では、育休取得者への不満が静かに溜まります。手当という形で会社が負担を認めれば、「お互いさま」の空気は建前ではなく実感になります。特に女性社員の定着を考えるなら、この空気づくりは欠かせません。女性社員の定着に関する記事でも触れたとおり、制度の有無より「制度を使ったときに職場がどう反応するか」が定着を左右するからです。
なお、手当の支給は就業規則等への規定に基づいて行う必要があるなど、事前の整備が求められます。ここは後述の「申請の流れ」で確認してください。
【無料】「誰かが抜けたら回らない」体制のリスクを診断する
育休で現場が揺れる会社は、実は育休以外——急な退職、病気、介護——でも同じように揺れます。特定の個人に業務が集中している状態は、それ自体が経営リスクです。
キャリアクリエの無料組織診断ツールでは、業務の属人化や社員の負担感がどこに偏っているかを可視化できます。育休の予定がある・なしにかかわらず、一度体制の健康診断をしてみてください。
申請の流れと注意点
手順1|育休の予定が見えた時点で動き始める
助成金は原則として「後から思い出して申請する」ものではなく、事前の体制整備が要件になっているものです。社員から妊娠・出産や育休取得の相談があった時点で、代替をどうするか(新規雇用か、社内カバー+手当か)を決め、必要な規定整備に着手してください。
手順2|就業規則・労使協定など書類を整える
育児休業に関する規定の整備、手当支給パターンであれば手当の規定化など、書面の整備が前提になります。日頃から就業規則をメンテナンスしている会社ほど、申請はスムーズです。
手順3|代替体制を実行し、実績をもって支給申請する
実際に代替要員を雇用する、あるいは手当を支給するという実績を作ったうえで、定められた期間内に支給申請を行います。締切を過ぎると実態がどれだけ整っていても支給されないのが助成金の怖いところです。育休の開始・終了と申請期限をセットでカレンダーに入れておいてください。
要件の細部は年度ごとに見直されるため、着手前に厚生労働省の最新の支給要領を確認するか、社会保険労務士など専門家に相談することをおすすめします。両立支援等助成金を含む主要な助成金の一覧は、無料の助成金ガイドPDFにまとめていますので、あわせてご活用ください。
育休を「制度」から「文化」に
助成金はあくまで入口です。本当のゴールは、「誰かが育休を取っても、この会社は普通に回る」という実績を一つ作ること。最初の一人が気持ちよく育休を取って気持ちよく復帰できれば、二人目からのハードルは劇的に下がります。
そしてこの実績は、採用市場での強力な武器になります。求人票に「育休取得実績あり・復帰率100%」と書ける中小企業はまだ多くありません。若手人材が会社を選ぶとき、この一行の重みは年々増しています。育休対応は「コスト」ではなく、定着と採用への投資と捉え直してみてください。
まとめ|体制の穴はお金で埋められる。空気は経営者がつくる
整理します。①育休が進まない原因は意識ではなく代替体制の不在。②育休中等業務代替支援コースは「新規雇用(令和8年度は最大81万円)」と「手当支給等」の2パターン。③申請は事前の規定整備と期限管理が命。④最初の一人の成功体験が、育休を制度から文化に変える。
「取らせてあげたいが、現場が」——そのためらいには、使える制度があります。次に社員から相談を受けたとき、「体制はこう作るから安心して取りなさい」と言える会社を、一緒に目指しましょう。
