面談は終わった。それで、何が変わったのか
キャリア面談を全社員に実施した会社から、こんな相談を受けることがあります。「無事に終わりました。社員の評判も悪くありません。ただ、来年も続けるべきかと聞かれると、正直、答えに詰まります」。実施できたこと自体は成功です。それでも経営者の手元には、費用と工数を投じた結果として何が起きたのかを示すものが残っていない。「やってよかった気がする」で止まってしまう——これがセルフ・キャリアドックのいちばん多い頓挫の仕方です。
セルフ・キャリアドックは、厚生労働省の定義では「企業の人材育成ビジョンに基づき、従業員の主体的なキャリア形成を促進・支援することを目的とした、体系的・定期的なキャリアコンサルティングの実施等からなる統合的な取組」とされています。ここで見落とされがちなのが「統合的な取組」という一語です。面談は取組の一部であって、全部ではありません。このコラムでは、導入した後、その効果をどう測り、どう次の一手につなげるかを扱います。導入の流れをこれから検討する段階の方も、先にゴールの形を知っておくと設計がぶれません。
「面談をやった」で終わる会社に共通する3つのこと
効果が見えないまま終わってしまう会社には、はっきりした共通点があります。第一に、導入前の状態を測っていないことです。面談後に「社員の様子が明るくなった気がする」と感じても、比べる基準がなければ、それが施策の効果なのか、たまたま繁忙期が終わっただけなのか区別がつきません。効果測定は面談が終わってから考えるものではなく、始める前に半分が決まります。
第二に、面談で出た声の行き先が決まっていないこと。キャリアコンサルタントには守秘義務があるため、個人の面談内容を本人の同意なくそのまま会社へ共有することは原則できません。一方、本人の同意を得たうえで、個人が特定されない形に整理した全体傾向や組織課題を会社へフィードバックすることは可能です。ここを設計しないまま始めると、面談は社員個人のガス抜きで終わり、組織には何も戻ってきません。守秘義務と組織へのフィードバックをどう両立させるかは、キャリア面談における守秘義務の考え方で詳しく整理しています。
第三に、面談を単発のイベントとして置いていることです。年に1回、全員に1時間。この形だけを繰り返しても、変化は積み上がりません。面談は「情報を取る場」であり、価値が生まれるのはそのあとの打ち手のほうです。測るべきは面談そのものではなく、面談の後に会社が何をしたか、なのです。
効果測定は3つの階層で考える
セルフ・キャリアドックの効果を、いきなり「離職率が下がったか」で測ろうとすると失敗します。離職率は面談以外の無数の要因で動きますし、変化が見えるまでに1年以上かかります。そこで、実施・変化・成果の3階層に分けて指標を置きます。手前の階層ほど早く動き、奥の階層ほど経営に近い。この順に並べておくと、途中で「効いていない」のか「まだ届いていない」のかを判断できます。
第1階層:実施の指標——ちゃんと回っているか
最初に見るのは、施策が設計どおり動いているかです。指標はシンプルで構いません。対象者に対する面談実施率、1人あたりの面談時間、予定日からの延期日数、面談後アンケートの回収率。この4つで足ります。実施率が7割を切っているなら、効果を論じる以前に運用の問題です。特に延期日数は見落とされがちですが、現場が「後回しにしていい仕事」と受け取っているかどうかが、ここに正直に出ます。
実施率が上がらない原因は、社員の意欲より段取りにあることがほとんどです。繁忙期に重ねた、案内が直前だった、上司が「暇なのか」と言った——このあたりが典型です。第1階層の数字は、施策の質ではなく社内の優先順位を測っていると考えてください。
第2階層:変化の指標——個人に何が起きたか
次に、面談を受けた社員側の変化を測ります。ここで有効なのが、面談の直後と3か月後、同じ質問を2回聞くやり方です。設問は5つ程度に絞ります。「この会社で3年後にどうなっていたいか、言葉にできる」「自分の強みを1つ挙げられる」「今の仕事が何につながっているか説明できる」「困ったときに相談できる相手が社内にいる」「来期、挑戦したいことがある」。それぞれ4段階で答えてもらいます。
設問を自作するのが難しければ、既存の組織診断の設問から5つを借りても構いません。大切なのは精緻さより、同じ質問を同じ形で繰り返すことです。設問を毎年変えてしまうと、比較ができなくなり、測定の意味が失われます。
大事なのは3か月後です。面談の直後は、前向きな反応が出やすいことがあります。3か月経ってもその感覚が残っているなら、面談は本人の中で何かに変わっている。逆に直後だけ高く3か月後に元に戻っているなら、面談の質ではなく、戻った先の職場に問題がある可能性が高い。ここが分かるだけでも、次の一手はまるで違ってきます。
第3階層:成果の指標——組織に何が起きたか
最後が、経営が見たい数字です。定着率、自己都合退職者数、社内公募や異動希望の件数、資格取得や研修受講の申込数、有給取得率。このうち、中小企業でも比較的早い段階で変化を捉えやすい指標の一つが「異動希望・挑戦の申し出の件数」です。面談で自分のキャリアを言語化した社員が、その次に「やってみたい」と口に出す——という流れは、実務のうえでよく見られます。離職率のような大きな数字が動く前に確認できる可能性があるため、あわせて記録しておくことをおすすめします。
面談の声を組織課題に翻訳する4ステップ
効果測定と同じくらい重要なのが、面談で出た声を組織の課題に変換する工程です。個人の面談内容を会社へ共有する際には本人の同意が必要ですが、同意の範囲内で、複数人に共通する傾向や組織課題を、個人が特定されない形に整理して報告することができます。手順は4段階です。
①面談を担当したキャリアコンサルタントが、個人名を伏せたまま、出てきたテーマを分類する。②同じテーマが何人から出たかを数える。③そのうち「会社が動けば変えられること」と「本人の課題」に仕分ける。④会社が動けるものを、費用・期間・担当で3段階に並べる。ここまでを面談期間の終了から2週間以内にやり切るのが目安です。時間が空くほど、報告書は読まれずに引き出しへ入っていきます。
実際にやってみると、多くの会社で上位に上がってくるのは「評価の基準が分からない」「この先どうなるのか見えない」「教えてもらえる人がいない」の3つです。いずれも制度で応えられる課題で、精神論の出番はありません。評価の物差しを整えたいなら紙1枚から始める評価制度の作り方が、キャリアの見通しを示したいならポストが少ない会社のキャリアパス設計が、そのまま次の一手になります。
【無料】面談を始める前に、組織の「今」を数字で押さえる
効果測定でいちばん多い失敗は、導入前の状態を測っていないことです。比較対象がなければ、どんなに良い面談をしても「変わった」と言い切れません。
キャリアクリエの無料組織診断ツールでは、キャリアの見通し、評価への納得感、相談相手の有無といった項目を、匿名性のある形で可視化できます。面談を実施する前に一度取っておけば、それがそのまま比較の基準になります。所要時間は数分です。
経営指標との接続——離職率だけを見ない
セルフ・キャリアドックの効果を経営会議で説明するとき、離職率だけを持ち出すのは危険です。理由は2つあります。ひとつは、母数の小さい会社では1人の退職で数字が大きく振れること。社員30名の会社なら、1人辞めれば離職率は3ポイント以上動きます。もうひとつは、面談の結果として「納得して辞める」ケースが出ることです。キャリアを言語化した結果、この会社では実現できないと本人が気づく。短期的には離職率が上がりますが、これは施策の失敗ではありません。
そこで、離職率は「退職者数」ではなく「退職理由の内訳」で見ることをおすすめします。人間関係・評価への不満・将来が見えない、といった防げたはずの退職が減っているかどうか。ここが減っていれば、施策の効果を判断する一つの材料になります。あわせて、採用にかかったコストの回収年数や、引き継ぎに要した工数も並べて示せると、経営としての判断材料になります。離職の構造そのものを整理したい場合は「辞めない組織」を作る定着施策の全体像もあわせてご覧ください。
1年で回すPDCA——年間スケジュールに落とす
効果測定を続けるコツは、意思の力に頼らず年間カレンダーに固定することです。中小企業でも回る現実的な型は次のようになります。
4月:導入前診断(第1・第3階層の初期値を取得)。5〜6月:面談実施、直後アンケート。7月:傾向レポートを経営に報告し、打ち手を3つに絞って決定。8〜12月:打ち手の実行。9月:3か月後アンケート(第2階層)。翌1月:診断を再実施し、初期値と比較。2月:翌年度の設計。1年に2回、同じ物差しを当てる——これだけで、変化は数字として見えるようになります。
打ち手を3つに絞るのがポイントです。面談で出た課題を全部やろうとすると、どれも中途半端になり、翌年の面談で「去年言ったのに何も変わっていない」という失望が返ってきます。面談は、応えられる分だけ聞く。これは冷たい話ではなく、続けるための現実的な設計です。
効果が出ないときに疑うべき3つのこと
数字が動かないとき、まず疑ってほしいのは面談の質ではありません。第一に対象者の選び方です。全員一律にやると、いま最も課題を抱えている層に十分な時間が割けません。入社3年目、管理職の一歩手前、役職定年前——節目にいる社員を厚くするだけで、変化は見えやすくなります。
第二に面談者の立ち位置。直属の上司が面談すると、評価への影響を気にして、本音を話しにくくなる場合があります。日常のマネジメントとしての1on1と、キャリアを扱う面談は役割が別物です。使い分けの考え方はキャリアコンサルティング面談とは何かの解説で整理しています。
第三に報告の受け手です。傾向レポートが人事担当の机で止まっていないか。中小企業では、経営者本人が15分でも報告を聞く時間を取るかどうかで、その後の実行力がまったく変わります。効果測定は、測ることではなく測った結果を誰が受け取るかまでを含めた設計です。
外部に依頼するときに、発注時点で決めておく3点
面談を外部のキャリアコンサルタントに依頼する場合、契約の時点で決めておくと後が楽になることが3つあります。第一に傾向レポートの納品を仕様に入れること。「面談を実施する」だけの契約だと、組織へのフィードバックは付いてきません。何人分の傾向をどの粒度でまとめるか、個人が特定されない基準をどこに置くかまで、書面で握っておきます。
第二に面談の前に会社側の課題認識を共有すること。何も伝えずに面談だけを外注すると、コンサルタント側は一般論のヒアリングしかできません。いま会社が何に困っていて、どの層の離職を止めたいのかを事前に渡すと、聞き取りの精度が上がります。第三に報告の場を先に日程で押さえること。面談が終わってから調整を始めると、たいてい2か月先になります。実施日を決めるのと同時に、報告会の日も入れてしまってください。
費用対効果をどう言葉にするか
最後に、経営判断のための考え方に触れておきます。費用対効果を考える際は、セルフ・キャリアドックにかかる費用と、自社で退職が発生した際の採用広告費、採用にかかる工数、育成費、引き継ぎ工数などを比較します。退職1人を防ぐことで投資を回収できるかどうかは会社によって異なるため、自社の実績をもとに試算することが重要です。
大切なのは、他社の相場ではなく自社の数字で計算しておくことです。直近1年で辞めた社員について、募集にいくらかけたか、面接に何時間使ったか、戦力になるまでどれくらいかかったか。この4つを一度洗い出しておけば、投資判断の物差しは自社の中に持てます。この試算を最初に共有しておくと、「効果が見えない」という議論そのものが起きにくくなります。
なお、キャリアコンサルティングの実施について、訓練内容など一定の要件を満たす場合には、人材開発支援助成金の対象となるケースがあります。セルフ・キャリアドックを実施すれば自動的に助成される制度ではありません。要件は年度ごとに変わるため、着手前に最新の内容を必ず公式の資料で確認してください。
まとめ|測るのは「面談」ではなく「面談の後」
整理します。①効果測定は面談後ではなく、導入前の初期値を取るところから始まる。②指標は実施・変化・成果の3階層に分け、手前から順に見る。③面談で出た声は、個人を特定しない形で傾向に変換し、2週間以内に打ち手へつなげる。④離職率は総数ではなく「防げたはずの退職」が減ったかで見る。⑤打ち手は3つに絞り、年2回、同じ物差しを当て続ける。
セルフ・キャリアドックが成果につながるかどうかは、面談の巧拙よりも、面談の後に会社が何を変えたかで決まります。面談は情報を取りに行く手段であって、目的ではありません。そして測ることの目的もまた、数字を並べることではなく、次に何をやめて何を始めるかを決めることにあります。まずは導入前の一枚の診断結果から始めてみてください。
