「退職代行です」——その電話に、感情で応じてはいけない
朝、見知らぬ番号から電話が入る。「◯◯さんの退職の意思をお伝えします。本日以降の出社はいたしません」——退職代行サービスからの連絡です。昨日まで普通に働いていた社員が、第三者を通じて退職を告げてくる。経営者の胸中は、驚き、怒り、裏切られた感情でいっぱいになるはずです。
しかし、ここでの対応を誤ると、労務トラブル・SNSでの拡散・残る社員の動揺と、傷口は何倍にも広がります。このコラムでは、退職代行への法的に正しい対応手順と、そもそも代行を使われない組織のつくり方を解説します。
まず知っておくべきこと——会社は退職を拒否できない
大前提として、期間の定めのない雇用契約では、労働者は退職を申し入れる自由があり、民法上、申し入れから2週間で雇用契約は終了します。会社の承認は要件ではありません。つまり「代行経由の退職は認めない」という対応に、法的な意味はないのです。
なお、退職代行には運営主体によって違いがあります。弁護士が行うもの、労働組合が行うもの、民間業者が行うものです。未払い賃金の交渉など「交渉事」ができるのは弁護士(および団体交渉としての労働組合)で、民間業者ができるのは本人の意思の伝達(使者)にとどまります。相手がどの類型かで、話せる範囲が変わることは知っておいてください。
対応手順——5つのステップ
ステップ1|本人の意思を確認する
なりすましやトラブルの可能性を排除するため、退職届など本人の署名がある書面の提出を代行経由で求めます。本人へ執拗に直接連絡するのは避けたほうが無難ですが、書面での意思確認自体は正当な手続きです。
ステップ2|受け入れの方針を決め、感情を切り離す
書面で意思が確認できたら、退職は受け入れる前提で事務処理に徹します。目標は「早く・きれいに・揉めずに」終わらせること。説得や翻意の働きかけは、代行を挟んだ時点で成功率はほぼゼロです。
ステップ3|貸与物・引き継ぎ・私物を書面でやり取りする
PC・鍵・制服・社用携帯などの貸与物は返却リストを作り、郵送での返却を依頼。本人の私物も郵送で返します。引き継ぎ資料は「あれば依頼する」姿勢で。引き継ぎを人質に退職を引き延ばすことはできません。
ステップ4|賃金・保険・書類の事務を淡々と進める
最終給与は正しく支払う(嫌がらせ的な減額は違法リスクしかありません)。社会保険の資格喪失、雇用保険の離職票、源泉徴収票——通常の退職と同じ事務を、通常どおりの期日で行います。
ステップ5|社内への説明を整える
残った社員には、詮索や悪口の空気を作らないよう、事実を簡潔に伝えて業務の再配分を示します。経営者が退職者を悪く言えば言うほど、残った社員は「自分も辞めるときはこう言われる」と学習します。
【無料】「言えない不満」がどれだけ溜まっているか、診断する
退職代行を使われるということは、「会社に直接言えない」と感じさせる何かが職場にあったということです。それは当人だけの感覚とは限りません。
キャリアクリエの無料組織診断ツールで、社員が本音を言えているか、離職リスクがどこに溜まっているかを可視化できます。二人目の代行連絡が来る前に、ぜひ一度お試しください。
NG対応——やった分だけ会社が損をする
①本人への鬼電・自宅訪問——ハラスメントと受け取られ、SNSで拡散されるリスクが最も高い行為です。②「懲戒解雇にするぞ」等の脅し——正当な理由なき懲戒は無効であり、脅し自体が違法性を帯びます。③離職票を出さない・給与を払わない——明確な法令違反で、労基署対応に発展します。④「損害賠償を請求する」——現実には認められるケースは極めて限定的で、対外的な評判の悪化のほうがはるかに高くつきます。
「使われる会社」の共通点と、根本対策
退職代行を使う側の心理はシンプルです。「直接言ったら、引き止められる・怒られる・気まずくなる」と思っている。つまり、退職の話を安心して切り出せない職場だったということです。
根本対策は、日常的に本音を話せる場を作ること。上司との1on1に加え、評価に関係のない守秘義務のある外部専門家との面談があれば、不満や迷いは「代行への駆け込み」ではなく「面談での相談」に向かいます。話せる職場の土台づくりは心理的安全性の実践ガイドを、退職が続いてしまった場合の対応は集団退職は何人から危険水域かと連鎖退職はなぜ起きるのかをご覧ください。
まとめ|対応は事務的に、原因究明は本気で
整理します。①退職は拒否できない。書面で意思確認し、事務処理に徹する。②貸与物・賃金・書類は通常の退職と同じ水準で淡々と。③鬼電・脅し・書類の出し渋りは会社の損にしかならない。④本丸は「直接言えない職場」を変えること。
退職代行の連絡は、会社への最後のフィードバックです。感情で受け止めず、組織を見直す機会に変えてください。
