営業エースを課長にしたら、部下が辞めていった
売上トップの営業を課長に昇格させた。本人も張り切っていた。ところが半年後、彼の部下が立て続けに退職し、当の本人は「自分で回ったほうが早い」と一人で数字を追いかけている——。この光景は、業種を問わず中小企業で繰り返されています。しかも多くの場合、昇格した本人は優秀で、真面目で、誰よりも働いているのです。
優秀な人を昇格させたのに管理職として機能しない。これは本人の資質の問題として片づけられがちですが、実際には会社の構造がそうさせているケースがほとんどです。このコラムでは、「なぜ中小企業では管理職が育たない環境になりやすいのか」という構造の分析から始め、権限移譲の階段という具体的な育成手順、そして社長自身の役割の変化までを解説します。
なぜ中小企業で管理職が育たないのか——3つの構造
まず、個人ではなく構造に目を向けましょう。中小企業で管理職が育ちにくいのには、明確な理由があります。
構造1|「マネジメントする社長」を見たことがない
多くの中小企業では、社長自身が最強のプレイヤーです。トップ営業であり、最高の技術者であり、最終決裁者でもある。社員は「プレイヤーとして突出した人が上に立つ」姿しか見たことがなく、マネジメントという別の仕事のお手本が社内に存在しないのです。
構造2|昇格の基準がプレイヤーとしての成績
営業成績、技術力、勤続年数——昇格の理由はいつも「プレイヤーとしての優秀さ」です。しかし管理職に必要なのは、人の力を引き出す全く別の能力です。野球のホームラン王が名監督になれるとは限らないのと同じで、選抜基準と求める役割がずれています。
構造3|昇格しても業務が減らない
人に余裕のない中小企業では、課長になっても自分の担当顧客や担当業務はそのまま。マネジメントは「本業の合間にやる追加業務」になります。これが次に述べるプレイングマネージャー問題の入口です。
プレイングマネージャーの構造的限界
誤解のないように言えば、中小企業でマネジメント専任の管理職を置くのは現実的ではなく、プレイングマネージャー自体は悪ではありません。問題は、プレイヤー業務が10割のまま、マネジメントが上乗せされている状態です。
この状態の管理職は、必ず同じ行動を取ります。目の前の数字に責任があるため、緊急度の高いプレイヤー業務を優先する。部下の指導は「後で」になる。部下が困っていても教える時間がないので、「自分でやったほうが早い」と仕事を巻き取る。部下は育たず、任される経験もなく、やがて「ここにいても成長できない」と辞めていく。残った業務はまた管理職が巻き取る——完全な悪循環です。
重要なのは、これが本人の怠慢ではなく、プレイヤーとしての評価と業務量を維持したまま管理を求める設計の必然的な結果だということです。設計を変えない限り、誰を昇格させても同じことが起きます。部下が辞めていく構造については人が辞めていく会社の共通点もあわせてご覧ください。
管理職の役割を定義し直す
解決の第一歩は、研修でもツールでもなく、「うちの会社の管理職の仕事とは何か」を紙に書くことです。多くの会社では、管理職の役割が「なんとなく部門をまとめる人」のまま言語化されていません。役割が曖昧なままでは、本人は慣れたプレイヤー業務に逃げ込みます。人間は、何をすれば評価されるか分からない仕事より、確実に成果の出る仕事を選ぶものだからです。
定義の例を挙げます。①部下の目標設定と進捗支援(月1回の1on1を含む)、②業務の割り振りと優先順位の決定、③部下の育成計画の作成と実行、④経営方針の現場への翻訳。ここで大切なのは、プレイヤー業務とマネジメント業務の比率を会社が明示することです。「プレイヤー6割・マネジメント4割」と決め、その分の担当業務を実際に減らす。評価もプレイヤーとしての数字だけでなく、部下の成長や定着を含めて行う。役割・業務量・評価の3点セットを変えて、初めて行動が変わります。
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「管理職がボトルネックになっている気がするが、確信が持てない」——そんなときは、社員の声をデータで見るのが近道です。上司との関係、成長実感、業務負荷の偏りは、管理職層の機能不全がまず表れる場所です。
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育成の手順——権限移譲の階段を設計する
役割を定義したら、次は育て方です。鍵は権限移譲を「一気に」ではなく「階段状に」行うこと。いきなり「お前に任せた」と丸投げすれば、本人は潰れるか、社長の顔色を伺い続けるかのどちらかです。
1段目|判断の理由を見せる
まず、社長や上位者が判断する場面に同席させ、「なぜそう判断したか」を言語化して聞かせます。判断基準が見えなければ、任されても動けません。
2段目|提案させて、決裁は上が持つ
次に、「あなたならどうするか」を先に言わせ、上が承認する形にします。失敗のリスクは会社が持ちながら、判断の筋トレをさせる段階です。
3段目|決めさせて、報告を受ける
一定の範囲(金額・領域)を区切って決裁権を渡し、事後報告にします。ここで口を出したくなるのを我慢できるかが、社長側の勝負どころです。
4段目|例外だけ相談に来させる
通常案件は完全に任せ、例外や高リスク案件だけ相談に来るルールにします。ここまで来れば、その領域の管理職は「育った」と言えます。1on1の進め方に迷う管理職には1on1で使える質問集を渡してあげてください。
管理職研修と助成金——外部の力とお金の話
マネジメントの型は、社内にお手本がない以上、外部から学ばせるのが効率的です。そしてここで知っておきたいのが、管理職研修は人材開発支援助成金(人材育成支援コース)の対象になり得るということです。
中小企業の場合、経費助成は45%(一定の要件を達成すれば60%)、加えて研修中の賃金助成が1時間あたり800円という水準です。対象となるのは10時間以上のOFF-JT(通常業務を離れた研修)で、研修開始前に計画届の事前提出が必要です。「研修を受けさせてから思い出す」のでは間に合わない点にご注意ください。制度の詳しい使い方は人材開発支援助成金の解説記事を、管理職育成プログラムの設計は管理職育成の実践ガイドをご覧ください。
※金額・要件は変更されることがあります。最新は厚生労働省の一次情報をご確認ください。
社長自身の役割の変化——最後の関門はあなた自身
最後に、一番言いにくい話をします。管理職が育たない会社の最大のボトルネックは、しばしば社長がプレイヤーの座を降りられないことにあります。社員が社長を飛ばして管理職に相談しても、社長が横から答えてしまえば、管理職の権限はその瞬間に消滅します。
管理職を育てるとは、社長が「決める人」から「決められる人を育てる人」に変わるということです。寂しさも不安もあるはずですが、社長が現場を離れられる範囲が広がった分だけ、会社は社長の寿命を超えて続く組織に近づきます。管理職育成は、事業承継の準備でもあるのです。
まとめ|人を責めず、構造を変える
整理します。①管理職が育たないのは資質ではなく、選抜基準・業務量・お手本不在という構造の問題。②役割を紙に書き、プレイヤー業務との比率と評価をセットで変える。③権限移譲は「見せる→提案させる→決めさせる→例外だけ相談」の階段で。④研修には人材開発支援助成金が使え、最後の関門は社長自身の役割転換。
「あいつはマネジメントに向いていなかった」と結論づける前に、向いていない構造を渡していなかったか、一度だけ振り返ってみてください。構造が変われば、同じ人が見違えることは珍しくありません。
