この記事は、社員を「送り出す側」——中小企業の経営者・人事担当の方に向けて書いています。すでに複数の退職届を受け取っている方は危険水域の判定と最初の1週間を、まだ起きていない方は兆候から読んでください。
「同じ月に3人」は、たまたまなのか
ある月に1人が退職届を出し、翌週にもう1人、さらにその翌週にもう1人。「たまたま重なっただけなのか、それとも自社で何かが起きているのか」——この判断がつかないまま数週間が過ぎるのが、中小企業でよくある局面です。
先に結論を言うと、集団退職(集団離職)に法律上の定義も、公式な人数基準もありません。労働基準法にも民法にも「何人以上で集団退職」という条文は存在しません。ただし、経営判断としての「危険水域」の見極め方はあります。
なお、よく似た言葉に「連鎖退職」がありますが、定義の軸が違います。集団退職は「同時期に重なったかどうか」(時間的な集中)で、連鎖退職は「先行する退職が引き金になっているかどうか」(因果関係)で定義されます。すでに「一人辞めたら次が続く」形になっている場合は、連鎖退職の原因と止め方もあわせてご覧ください。
集団退職の兆候|複数が同時に動き出す前に出るサイン
集団退職は、示し合わせて起きるわけではありません。同じ不満を別々に抱えた社員が、たまたま近い時期に決断します。そのため兆候も、個人ではなく「同じ層でまとまって起きる変化」として現れます。
| 領域 | 兆候 |
|---|---|
| 層の偏り | 同じ部署・同じ勤続年数帯の社員が、まとまって静かになった |
| 層の偏り | 特定の層だけ、1on1や面談のキャンセル・先延ばしが続いている |
| 情報 | これまで現場から上がっていた提案・相談が、急に途絶えた |
| 情報 | 頼んでいないのに引き継ぎ資料やマニュアルを作り始めた社員が複数いる |
| 業務 | これまで残業していた層が、そろって定時退社に切り替わった |
| 業務 | 来期以降の話(担当替え・目標設定・研修)への反応が薄い |
| 組織 | 直近の退職者が、同じ部署または同じ上司のもとから出ている |
| 組織 | 1人目の退職後、業務を引き取った社員に何も外していない |
これらは、会社側が組織の状態を把握するための着眼点です。個々の社員の私生活や休暇の使い方を詮索するためのものではありません。年次有給休暇については、取得そのものを問題視したり、取得を理由に不利益な取り扱いをすることは法律上認められていません(労働基準法附則第136条)。
最後の項目は兆候であると同時に原因でもあります。1人目の穴を残った人に埋めさせたまま何も外していない状態は、次の退職を高い確率で生みます。
危険水域の判定|人数ではなく「割合」と「役割」で見る
集団退職は「何人から」が危険水域か
人数だけで判断すると読み違えます。1,000人の会社で3人が同じ月に辞めても日常の範囲と見てよい場合が多いですが、社員30人の会社で3人なら戦力の1割が一度に消えることを意味します。同じ「3人」でも、意味はまったく違います。
目安として、おおむね1〜3か月以内に集中した退職が在籍者の1割に達したら、偶然ではなく構造的な問題を疑うべき水域と考えてください。ただしこれは絶対的な線ではなく、次に述べる「役割」の要素で前後します。
人数より危険なのは「役割の重なり」
実務上、人数以上に見るべきなのは辞めていく人の役割が重なっているかどうかです。次のいずれかに当てはまるなら、2人でも危険水域として扱ってください。
| パターン | 何を意味するか |
|---|---|
| 同じ部署・チームに集中している | その部署固有の問題(管理職・業務負荷・人間関係)をまず疑うべき状態 |
| 同じ勤続年数帯に集中している | 入社◯年目に必ず起きる何か(キャリアの頭打ち・任され方の断層)がある |
| その人にしかできない業務を持つ人が含まれる | 人数以上に業務が止まる。属人化のリスクが顕在化した状態 |
| 人望のあるキーパーソンが含まれる | 「あの人が辞めるなら」の後追いを誘発し、集団退職が連鎖退職に発展しやすい |
| 優秀な順に辞めている | 評価・処遇・成長機会に問題がある。市場価値の高い人から動くため |
判定の目安表
「割合」と「役割の重なり」を掛け合わせると、次のように整理できます。
| 在籍者に占める割合 | 役割の重なりなし | 役割の重なりあり |
|---|---|---|
| 5%未満 | 経過観察。ただし退職理由は必ず記録する | 要警戒。該当部署への個別ヒアリングを実施 |
| 5%以上10%未満 | 要警戒。全社的な原因の有無を確認 | 危険水域。この記事の初動に着手 |
| 10%以上 | 危険水域。構造要因を疑う | 緊急。事業継続への影響を前提に動く |
自社の離職率は、外から見て高いのか
「うちは辞めすぎなのか」を感覚で判断しないために、公的統計と比較してください。厚生労働省の令和6年(2024年)雇用動向調査によると、年間の離職率は次のとおりです。
| 区分 | 離職率(令和6年) |
|---|---|
| 産業計(全体) | 14.2% |
| うち一般労働者 | 11.5% |
| うちパートタイム労働者 | 21.4% |
| 宿泊業,飲食サービス業 | 25.1% |
| サービス業(他に分類されないもの) | 20.3% |
| 生活関連サービス業,娯楽業 | 19.0% |
| 教育,学習支援業 | 13.1% |
※産業別の数値は就業形態計(一般労働者+パートタイム労働者)です。参考までに、宿泊業,飲食サービス業を就業形態別に見ると一般労働者18.1%、パートタイム労働者29.9%となります。正社員だけで25.1%が辞めているわけではありません。
この調査の離職率は「離職者数 ÷ 1月1日現在の常用労働者数 × 100」です。自社で計算するときも同じ定義に揃えてください。年の途中で入社してすぐ辞めた人を含めるかどうかで数字が動きます。なお同調査は、常用労働者5人以上の事業所を対象とした標本調査です。
注意したいのは、年間の離職率が業界平均を下回っていても、短期間への集中は別問題だということです。年間離職率10%の会社でも、その全員が同じ四半期に、同じ部署から抜けたのであれば、正常な数字ではありません。年間の率で安心し、集中を見落とすのが最も多いパターンです。
離職率そのものを下げる取り組みについては、中小企業の離職率を本気で下げるで全体像を解説しています。
最初の1週間でやること
1〜2日目|事実を整理し、「これ以上出さない」線を引く
感情で動く前に、事実を並べます。
- 誰が・いつ付で・どんな理由を口にして辞めるのか
- それぞれの担当業務・顧客・締切・引き継ぎ状況
- 退職者と近い関係にあるのは誰か(次に出る可能性が高い順)
- すでに社内でどこまで知られているか
この整理をした時点で、「次に出そうな人」が2〜3人まで絞れるはずです。この人たちに、48時間以内に個別で話す時間を取ってください。順番を間違えないこと。全体への説明より先に、この個別対話です。
3〜5日目|残る社員への説明と、負荷の応急処置
残る社員が最も知りたいのは、退職者の理由ではなく「自分の仕事はどれだけ増えるのか」です。ここに答えないまま「これからも頼む」とだけ言うのが最悪の対応になります。
- 退職者の業務を洗い出し、誰が引き取るかを名指しで決める
- 引き取る人には、代わりに何を外すかを必ずセットで示す
- 止める業務・外注する業務・後回しにする業務を経営者が決める(現場に丸投げしない)
- 欠員期間の見通しと、採用・外注の方針を数字で伝える
「一時的にみんなで頑張ろう」で乗り切ろうとすると、その一時が次の退職を生みます。集団退職の局面では、精神論は連鎖の燃料です。
1週間以内|本音を拾える場を作る
複数の退職が重なった直後、社員は経営者に本音を言いません。「今言うと会社を見捨てるように見える」「自分も辞めると思われる」と考えるからです。
このタイミングでは、社外の第三者が守秘義務のもとで聞く形が有効です。個人が特定されない形で組織課題として集約すれば、社員は安全に、経営者は正確に、状況を把握できます。心理的安全性の作り方も参考になりますが、いま起きている局面では仕組みを作る前に「今回の本音」を拾うことを優先してください。
退職の申し出そのものへの対応
退職日をめぐって揉めそうなときは、法的な原則を押さえておいてください。民法第627条第1項により、期間の定めのない雇用は、解約の申し入れから2週間で終了します。2020年(令和2年)4月1日施行の改正民法で同条第2項が「使用者からの解約の申入れ」に限定されたため、月給制でも年俸制でも、労働者側からの申し出はこの制限を受けません。
就業規則の「1か月前までに申し出ること」については、裁判例が「民法627条1項は強行規定であり、就業規則で予告期間を延長しても労働者を拘束しない」とする立場を続けています。有期契約(契約社員・パート)の扱い、有給休暇の消化と買い上げ、引き止めでやってはいけないことを含めて、連鎖退職の記事の法務パートに整理しています(個別の判断は顧問社労士・弁護士へ)。
【無料】次の退職予備軍がどこにいるかを、データで確認する
初動を打ったあと、「もう出ないのか、まだ出るのか」がわからない状態が続くのが最もつらい時期です。感覚ではなくデータで確認してください。
キャリアクリエでは、組織のエンゲージメントや働きやすさの現状を短時間で把握できる無料の組織診断ツールをご用意しています。どの部署・どの層に不満が溜まっているかを可視化でき、次に手を打つべき場所が特定できます。
集団退職が起きる会社に共通する4つの構造
初動で止血したあと、原因に手を付けます。同時期に複数が辞める会社には、多くの場合、次の構造が含まれています。
1|同じ不満を、全員が別々に抱えている
集団退職は、示し合わせて起きるものではありません。全員が同じ不満を、それぞれ独立に抱えていた結果です。だから一人が動くと、他の人も「やはり自分だけの問題ではなかった」と確認して動きます。示し合わせを疑って犯人探しをすると、原因から遠ざかります。
2|不満が経営者に届く経路が存在しない
評価と処遇を握っている相手に、社員がリスクを負って本音を言う理由はありません。「何かあれば言ってきて」は経路ではなく、期待です。匿名性と継続性のある仕組みだけが経路として機能します。
3|負荷が特定の人に寄り続けている
できる人に仕事が集まり、その人が疲弊し、辞め、残った人にさらに寄る。この玉突きが集団退職の実体であることが少なくありません。感情の問題に見えて、実態は業務配分の問題です。
4|退職理由が一度も検証されていない
過去の退職者の理由が全員「一身上の都合」で記録されている会社は、原因を一つも把握していません。原因を把握していない会社は、同じ理由で辞められ続けます。退職が決まったあとの面談は、最も正直な情報が得られる貴重な機会です。退職面談の進め方を参考に、形式ではなく情報収集の場として設計してください。
再発防止|「まとめて辞められる会社」から抜け出す
- 退職理由を構造として蓄積する——いつ気持ちが離れたか、きっかけは何か、どうなっていれば残ったか。この3点を記録する
- 部署別・勤続年数別に離職を見る——全社平均では異常が見えません。分解して初めて偏りが出ます
- キーパーソンの負荷を四半期ごとに点検する——「あの人は大丈夫」が最も危険な判断です
- 業務を人ではなく役割で組み直す——標準化・外注・廃止の仕分けをしてから採用要件を決める
- 外部の面談を定期的に入れる——社員が安全に本音を出せる場を、平時から持っておく
社員へのキャリアコンサルティング面談や研修にかかる費用は、人材開発支援助成金などの雇用関係助成金の対象となる場合があります。要件は年度・コースによって変わるため、実施前にご確認ください。
よくある質問
Q. 集団退職に法的な定義はありますか
ありません。労働基準法にも民法にも「何人以上で集団退職」という規定は存在しません。危険水域は、在籍者に対する割合と、辞める人の役割の重なりで経営判断してください。
Q. 同時期に辞める社員に、退職日をずらすよう求められますか
お願いすることはできますが、強制はできません。期間の定めのない雇用では、解約の申し入れから2週間で雇用は終了します。引き継ぎへの協力は交渉であって命令ではない、という前提で臨んでください。
Q. 引き止めのために全員に昇給を提示するのは有効ですか
短期的に止まることはありますが、「辞めると言えば条件が上がる会社」という前例が残り、原因も解消されません。集団退職の局面では、待遇より先に業務負荷の是正に手を付けるほうが効果的です。
Q. 労働基準監督署などに何か届け出る必要はありますか
自己都合退職が重なっただけであれば、集団退職そのものを届け出る義務はありません。
ただし、事業規模の縮小など会社都合により、1か月以内に30人以上の離職者が生じる見込みのときは、労働施策総合推進法第27条に基づく「大量離職届」の提出が必要です(提出先は労働基準監督署ではなくハローワーク。最後の離職日の1か月前まで)。同法第24条の再就職援助計画の作成が必要になる場合もあります。自己都合退職が重なっただけであれば、これらの対象にはなりません。
Q. 退職の背景にハラスメントがある場合は
集団退職とは別の問題として対応が必要です。ハラスメント対策の実務をご確認ください。
まとめ
- 集団退職と連鎖退職は定義の軸が違う。集団は「同時期に重なったか」、連鎖は「引き金があるか」です
- 危険水域は人数ではなく「割合」と「役割の重なり」で判断する。2人でも役割が重なっていれば危険水域です
- 年間の離職率が平均以下でも、短期間への集中は別問題。部署別・勤続年数別に分解して見てください
- 最初の1週間は、次に出そうな人への個別対話と、業務配分の明示。この2つが最優先です
- 示し合わせを疑わない。全員が同じ不満を別々に抱えていたと考えるほうが、実態に近く、原因にも近づけます
キャリアクリエは、京都・大阪・奈良・滋賀の中小企業に対し、組織診断と外部キャリアコンサルタントによる面談を軸に、退職が重なった局面の立て直しと再発防止を支援しています。
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