「うちは50人もいないから関係ない」——その線引きが、これから何度も動きます
パート・アルバイトの社会保険加入について、こう考えている経営者は多いと思います。「規模が小さいうちは対象外」。実際、これまではそのとおりでした。適用の対象は500人超から始まり、100人超、50人超と段階的に広がってきましたが、いずれも「うちにはまだ関係ない」で済ませられる規模でした。
しかし、この線引きはすでに撤廃に向けたスケジュールが敷かれています。しかも、規模とは別に加入要件そのものが変わるタイミングも近づいています。このコラムでは、いつ何が変わるのかを整理したうえで、自社の対象者を数える手順と負担額の試算まで、実務の順番でたどります。
まず現在の加入要件を確認する
まず前提として、パート・アルバイトのうち、通常の労働者の所定労働時間・所定労働日数の4分の3以上働く人は、企業規模にかかわらず原則として社会保険の加入対象です。ここでいう「適用拡大」は、その4分の3未満で働く短時間労働者の話です。
4分の3未満の短時間労働者が健康保険・厚生年金保険の加入対象になるのは、特定適用事業所などで働く人のうち、①週の所定労働時間が20時間以上であること、②学生でないこと、③所定内賃金が月額8.8万円以上であること、さらに④2か月を超えて雇用される見込みがあることを満たす場合です。④はフルタイムの従業員と同じ要件で、見落とされやすいところです。
そして事業所側の条件として、特定適用事業所とは、1年のうち6か月以上、厚生年金保険の被保険者(短時間労働者を含まない)の総数が51人以上となることが見込まれる企業等を指します。
この「51人以上」の数え方には決まりがあります。法人の場合は企業単位で判断し、同一法人番号に属するすべての適用事業所の被保険者数を合計します。個人事業所の場合は、適用事業所単位で判断します。法人で複数の店舗や拠点を持つ会社が、事業所単位だと思い込んでいると判断を誤ります。
また、基準に満たない企業でも、被保険者の同意に基づく事業主の申し出により、短時間労働者を加入対象とする任意特定適用事業所になることができます。「規模が小さいから加入させられない」わけではない、という点は押さえておいてください。
【重要】2026年10月、賃金要件が撤廃される予定です
規模の話より先に、こちらに触れておく必要があります。日本年金機構は、上記③の月額8.8万円という賃金要件について、「最低賃金以上で週20時間以上働く場合は、所定内賃金が月額8.8万円以上となるため、この要件は令和8年10月に撤廃予定です」と案内しています。
つまり、最低賃金の上昇によって、週20時間働けば自動的に8.8万円を超えるようになった——だから要件として意味をなさなくなる、という理屈です。
実務上の意味は明確です。これまで「月8.8万円を超えないように」勤務時間を調整していた働き方が、成り立たなくなります。すでに51人以上の企業では、この時点で対象者が増える可能性があります。自社が現在の適用対象であれば、週20時間以上働き、学生ではないなど他の加入要件を満たすパート・アルバイトが対象になる前提で見直しておいてください。
2027年10月に何が変わるか——そしてその先
企業規模要件は、次のスケジュールで段階的に引き下げられます。
2027年(令和9年)10月から、厚生年金保険の被保険者数が36人以上の企業等で働く短時間労働者が加入対象になります。その後は2029年10月に21人以上、2032年10月に11人以上と広がり、2035年10月には企業規模要件が撤廃されます。
ここで注意したいのが、この人数は単純な従業員総数ではないことです。企業規模の判定に使うのは、原則として厚生年金保険の被保険者数(短時間労働者を除く)——つまりフルタイム、およびフルタイムの4分の3以上働く従業員の数です。
そのうえで大事なのは、これが「いずれ検討される話」ではなく、すでに成立した法律にもとづいて時期が示されている話だという点です。たとえば、企業規模の判定に用いる厚生年金保険の被保険者数が30人の会社であれば、2029年10月から対象になります。10年後ではなく、3年後です。設備投資や人員計画を立てるスパンと、そう変わりません。
なお、要件の細部は政令等で定まる部分があります。実務の判断にあたっては、必ず日本年金機構・厚生労働省の最新の案内を確認してください。
自社の対象者を数える手順
ここからは実務です。3ステップで数えられます。
ステップ1:厚生年金保険の被保険者数を数える。すでに社会保険に加入しているフルタイム社員等の人数です。ここに短時間労働者は含めません。この数が36人以上になるかどうかが、2027年10月時点の判断軸になります。法人であれば同一法人番号の全事業所を合計し、個人事業所であれば事業所単位で数えてください。
ステップ2:週20時間以上のパート・アルバイトを洗い出す。原則として、就業規則や雇用契約書等に定められた所定労働時間で判断します。ただし、契約上20時間未満でも、実際の労働時間が2か月連続で週20時間以上となり、その後も同様の状態が続くと見込まれる場合には、3か月目の初日から加入対象となります。
ステップ3:学生や、2か月を超えて雇用される見込みがない人など、加入要件を満たさない人を除く。なお、契約期間が2か月以内でも、更新が予定されている場合などは加入対象となることがあります。要件から外れる人を差し引いた残りが、対象者の見込みです。
この3ステップで出た人数が、そのまま次の試算の入力値になります。いま数えておけば、施行の1年前には準備を始められます。逆に施行が近づいてから数え始めると、勤務時間の見直しも含めて時間が足りなくなります。
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社会保険の適用拡大は、コストの問題であると同時に、働き方の見直しの問題でもあります。勤務時間を調整するのか、加入してもらって役割を広げるのか——どちらを選ぶにせよ、本人の意向と職場の状態を知らないままでは決められません。
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負担額を試算する
数えたら、次は金額です。おおまかな試算は次の手順でできます。
①対象者ごとの標準報酬月額を見積もる。届出の際の報酬月額には、臨時に支払われる賃金以外の時間外手当、精皆勤手当、通勤手当等も含めます。基本給だけで計算すると過小になるので注意してください。
②会社負担分を計算する。健康保険・厚生年金保険に加え、対象者によっては介護保険料(40〜64歳)や子ども・子育て支援金、事業主が全額負担する子ども・子育て拠出金も含めて試算します。健康保険・厚生年金・介護保険・支援金は労使折半が原則です。料率は健康保険が都道府県ごと・加入する保険者ごとに異なり、毎年見直されます。必ず最新の料額表で確認してください。
③対象者数を掛け、年額に直す。ここまでで、会社側の追加負担の見込みが出ます。
④手当や勤務時間の見直しをした場合の額も、並べて出す。「そのまま加入」「勤務時間を調整」「時給を上げて労働時間を減らす」など、選択肢ごとに数字を並べておくと、経営判断がしやすくなります。
試算をしてみると、「思ったより大きい」と感じる会社が多いはずです。ただし、法人企業では企業規模要件が2035年10月に撤廃されるため、時間差はあっても対象範囲は段階的に広がります。早く数字を持っておくほど、打ち手の選択肢は多くなります。
「106万円の壁」という言葉の整理
この話題では「106万円の壁」という言葉がよく使われます。月額8.8万円を12か月分にすると約106万円になることから、こう呼ばれてきました。ただし、実際の判定は年収ではなく月額の所定内賃金で行われるため、「年収106万円」という言い方は正確ではありません。
また、いわゆる「壁」には複数の種類があり、混同されがちです。社会保険の加入に関わるものと、税金(配偶者控除など)に関わるものは別の制度です。従業員から相談を受けたときは、どの壁の話をしているのかを最初に確認すると、説明が食い違いません。前述のとおり月額8.8万円という要件は撤廃予定であるため、この呼び名自体もいずれ実態と合わなくなっていきます。
「働き控え」への向き合い方
適用拡大でいちばん扱いが難しいのが、従業員側の反応です。手取りが減ることを嫌って勤務時間を減らす、いわゆる働き控えが起きると、現場のシフトが崩れます。
ここで会社がやりがちな失敗が2つあります。ひとつは、何も説明しないまま加入手続きを進めること。給与明細を見て初めて気づいた本人は、会社に不信を持ちます。もうひとつは、加入を避けるために勤務時間を一律に減らすこと。本人の意向を確認せずに労働時間を削れば、労働条件の不利益変更になり得ますし、働きたい人の機会も奪います。
現実的な進め方は、制度が変わる前に、一人ひとりの意向を聞くことです。「加入して働く時間を増やしたい」「扶養の範囲で働き続けたい」「配偶者の状況によって変わる」——本人の事情は同じではありません。会社が決める前に、選択肢を示して聞く。この順番だけで、混乱はかなり減ります。
また、加入には本人にとっての利点もあります。将来受け取る年金額が増えること、傷病手当金や出産手当金といった健康保険の給付が受けられること。デメリットだけを説明して終わらせないことも、説明の誠実さとして大切です。
よくある3つの誤解
相談の場でよく出てくる思い込みを、3つ挙げておきます。
誤解1「本人が加入を希望しなければ入れなくてよい」。要件を満たす場合、加入は法律上の義務であり、本人の希望で選べるものではありません。「入りたくない」と言われたときに調整できるのは、勤務時間などの働き方であって、加入の可否そのものではない、という点は押さえておく必要があります。
誤解2「事業所ごとに数えればよい」。法人の場合、特定適用事業所の判定は企業単位で、同一法人番号に属するすべての適用事業所の被保険者数を合計します(個人事業所は適用事業所単位)。1店舗あたり20人でも、法人として3店舗で60人なら基準に達します。多店舗展開している法人ほど、この誤解の影響は大きくなります。
誤解3「契約書の所定労働時間が20時間未満なら、ずっと対象外」。判断の原則はあくまで契約上の所定労働時間ですが、実際の労働時間が2か月連続で週20時間以上となり、その後も同様の状態が続くと見込まれる場合には、3か月目の初日から資格を取得します。契約は週18時間でも実態が週22時間、という状態を放置すれば、いずれ加入対象になります。契約と実態が乖離している状態そのものが、労務管理上のリスクでもあります。適用拡大の準備は、この乖離を整える機会でもあると考えてください。
今から準備できること
施行までに時間があるうちに、やっておけることを挙げます。
第一に、勤務時間の実態を把握し直すこと。契約上の所定労働時間と実際の勤務が乖離していないか。乖離があるなら、そこを整えるのが最初の仕事です。
第二に、シフトの組み方を見直すこと。特定の数人に週20時間ぎりぎりの勤務が集中していないか。業務の切り出し方を変えれば、負荷を分散しながら、本人の希望も踏まえて働き方を整理しやすくなります。
第三に、賃金体系との整合を確認すること。最低賃金の引上げが続くなかで、時給が上がれば同じ勤務時間でも報酬月額は上がります。社会保険料は賃金に連動するため、賃上げと社会保険の負担は同時に効いてきます。両方をまとめて試算しておくのが安全です。
第四に、50人という別の節目も意識しておくこと。従業員数が一定規模を超えると、社会保険以外にも新たに生じる義務があります。人数の増減が制度上どう効いてくるかは従業員50人の壁で整理していますので、あわせてご覧ください。
「対象外だから何もしない」を選ばないために
いま36人に届いていない会社ほど、この話は先送りされがちです。しかし、先送りが不利に働く場面が2つあります。
ひとつは採用です。社会保険に加入できる職場かどうかは、求職者にとって条件のひとつです。制度上の義務がなくても、任意特定適用事業所という選択肢はあります。「うちは入れません」と言うのか、「入れます」と言えるのかで、応募の集まり方が変わる場面はあります。
もうひとつは人数が増えたときの急な負担です。事業が伸びて被保険者数が基準を超えた瞬間に、対象者全員分の負担が一度に発生します。あらかじめ試算して事業計画に織り込んでいれば、成長のブレーキにはなりません。
制度対応は、守りの仕事に見えて、実は採用と事業計画に直結するテーマです。障害者の法定雇用率のように、規模の線引きが下がってくる制度は他にもあります(法定雇用率2.7%時代の中小企業)。「うちはまだ小さいから」で通せる範囲は、年々狭くなっていると考えたほうがよいでしょう。
最後にひとつ、視点を変えておきたいことがあります。ここまでは負担の話が中心でしたが、加入できることが働き手にとっての条件になる場面も増えています。同じ時給なら、社会保険に入れる職場を選ぶ人はいます。将来の年金額が変わり、病気やけがで働けないときの保障も違ってくるからです。制度対応をコストとしてだけ見るか、条件のひとつとして見るかで、打ち手の幅は変わってきます。
まとめ|数えるのは今、決めるのはその後
整理します。①通常の労働者の4分の3以上働く人は規模を問わず加入対象。4分の3未満の短時間労働者の要件は、週20時間以上・学生でない・月額8.8万円以上・2か月を超える雇用見込み。事業所側は被保険者51人以上(法人は同一法人番号で合計、個人事業所は事業所単位)。②月額8.8万円の賃金要件は令和8年10月に撤廃予定で、すでに対象の企業は対象者が増える可能性がある。③企業規模要件は2027年10月に36人以上、2029年10月に21人以上、2032年10月に11人以上と広がり、2035年10月に撤廃される。判定に使うのは厚生年金保険の被保険者数(短時間労働者を除く)。④対象者は「被保険者数を数える→週20時間以上のパートを洗い出す→要件を満たさない人を引く」の3ステップで把握できる。⑤働き控えへの対応は、会社が決める前に一人ひとりの意向を聞くこと。
この制度の難しさは、いつか来ることが分かっているのに、来るまで動機が生まれないところにあります。だからこそ、まずは数えるところまでを済ませてください。人数と金額が手元にあれば、判断は後からでも間に合います。数字がないまま施行日を迎えることだけは、避けたいところです。
