仕事があるのに、続けられない会社がある
倒産と聞くと、多くの人は売上不振を思い浮かべます。売上が落ちて、資金が尽きて、事業が続かなくなる。しかし近年、従業員の退職や採用難、人件費高騰など、人手不足を要因とする倒産が増えています。仕事はあるのに、それを担う人を確保できず、事業継続が難しくなるケースもあります。取引先も待っている。それでも、動かす人がいない——これがいわゆる人手不足倒産です。
このコラムでは、危機感を煽ることを目的にしていません。扱うのは、どのような兆候が重なって会社が行き詰まるのかという構造と、いま自社のどこを見ればいいのかという具体的なチェックポイントです。人が辞める理由そのものは人が次々辞める会社の7つの特徴で扱いました。こちらは、その先で経営に何が起きるかの話です。
人手不足倒産とは何か——数字で見る現在地
まず、どのくらいの規模の話なのかを押さえておきます。
帝国データバンクの「人手不足倒産の動向調査」によると、2025年度の人手不足倒産は441件で、前年度の350件から約1.3倍に増えました。年度ベースで初めて400件を超え、3年連続で過去最多を更新しています。同調査は、従業員の離職や採用難等による人手不足を要因とする倒産のうち、負債1,000万円以上・法的整理によるものを集計対象としています。
要因のなかでも増えているのが、従業員の退職が直接・間接の要因となった「従業員退職型」です。2025年度は118件と初めて100件を超え、4年連続の増加となりました。翌2026年も1〜7月で83件(前年同期74件)と、増加傾向が続いています。
業種別では、2025年度は建設業112件(全体の25.4%)、道路貨物運送業55件が多く、老人福祉事業22件、飲食店21件、労働者派遣業12件と、労働集約型の業種で目立ちます。
これらの数字から分かるのは、人手不足対策を「採用」の問題だけで考えるのは十分ではないということです。在籍している従業員の退職を要因とする倒産も増えており、採用と同時に定着への対策が重要になっています。この問題を採用の話だけだと考えているうちは、打ち手が見つかりません。
倒産に至る5つの兆候
ここからは、当社が中小企業の現場で見てきた範囲での整理です。統計上の分類ではなく、経営が行き詰まる前に現れやすいサインとして読んでください。
兆候1:受注を断り始める
よく見られるのが、ここです。引き合いはあるのに、人が足りず受けられない。最初は「今回だけ」のつもりが、断る回数が増えていきます。
怖いのは、断った相手が二度と声をかけてこなくなることです。取引先も代わりの発注先を探し、そこで関係ができれば戻ってきません。受注残があるうちは売上にすぐ表れない場合もあるため、売上が落ちる前に「人手を理由に断った案件数」を見ることが重要です。受注を断った件数を記録しているか——これが最初のチェックポイントです。
兆候2:技能が途切れる
ベテランが1人抜けると、その人しかできなかった作業が止まります。図面が読める人、機械の癖を知っている人、古い顧客との関係を持っている人。引き継ぎに必要な期間は、多くの場合、退職までの期間より長いのが問題です。
建設業や運送業で人手不足倒産が多い背景には、この構造があります。資格や経験が必要な仕事ほど、代わりがすぐには見つかりません。属人化の解きほぐし方は「あの人がいないと回らない」を放置するリスクで具体的に扱っています。
兆候3:残った人の労働時間が伸びる
人が減れば、残った人でまわすことになります。当面は乗り切れます。ただし、この状態が続くと2つのことが起きます。ひとつは残業代による人件費の増加。もうひとつは次の退職です。
負荷が集中するのは、たいてい「できる人」です。その人が辞めると、さらに負荷が集中する。退職が退職を呼ぶ構造に入ると、採用が追いつかなくなります。月の残業時間が、特定の数人だけ突出していないか。ここは毎月見ておきたい数字です。
兆候4:人件費が上がっても採用できない
採用のために時給や初任給を上げる。ここまではよくある対応です。問題は、上げた分が既存社員に波及することです。新人と同じ時給になった中堅社員は、当然不満を持ちます。結果、既存社員の賃金も上げざるを得ない。
それでも採用できなかった場合、人件費だけが上がって人数は変わらないという最悪の状態になります。最低賃金の引上げが続くなかでは、この圧力はさらに強くなります。賃金原資の作り方については最低賃金が上がる中小企業の打ち手で整理しました。
兆候5:後継者・経営幹部を含む、次の担い手が育っていない
5つめは時間軸の長い話です。経営者が高齢で、後を継ぐ人が決まっていない。現場を任せられる幹部もいない。この状態だと、設備投資も人材育成も判断が先送りになります。「あと数年で自分は引退するのに、いま投資すべきか」という迷いは自然なものです。
そして先送りした結果、事業の競争力が落ち、人も採れなくなり、いよいよ承継しづらくなります。なお、帝国データバンクの統計では「後継者難倒産」は「人手不足倒産」とは別に集計されています(2025年度は後継者難倒産533件、人手不足倒産441件)。ただ、中小企業では、人材育成の停滞と事業承継の問題が重なって事業継続力を弱めることがあります。社内で候補を育てる考え方は「後継者がいない」中小企業が今からできる社内人材育成で扱っています。
【無料】辞める人が出る前に、組織の状態を数字で見る
ここまで挙げた兆候の多くは、経営者から見えにくいところで進みます。負荷の偏り、不満の蓄積、相談先のなさ。退職届が出てから気づくのでは、打てる手が限られます。
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兆候のセルフチェック
自社の状態を確かめる質問を10個挙げます。深く考えず、直感で当てはまるかどうかを見てください。
①直近1年で、人手を理由に断った仕事がある。②その人しかできない業務が、3つ以上ある。③特定の1〜2名に残業が集中している。④直近1年の退職者のうち、複数が同じ部署から出ている。⑤採用の募集を出しても、応募が来ない期間が3か月以上続いている。⑥新しく入った人が、1年以内に辞めることが続いている。⑦時給・初任給を上げたが、応募数は変わっていない。⑧業務手順を書いた資料が、ほとんどない。⑨経営者が現場作業に入る時間が、増えている。⑩5年後に誰が経営しているか、決まっていない。
当てはまる数そのものに意味があるわけではありません。ただ、当社では、①②③が同時に当てはまる場合を、事業継続への影響を詳しく確認したい警戒サインと考えています。この3つは、受注・技能・稼働という、事業を回す3本の柱に対応しているためです。
「まだ大丈夫」と感じている会社ほど、見ておきたいこと
ここまで読んで、「うちはまだそこまでではない」と感じた方もいるはずです。それ自体は良いことですが、ひとつだけ確認しておきたいことがあります。いま事業が回っているのは、誰かの無理で埋まっているからではないかという点です。
典型的なのが、経営者自身が現場に入っているケースです。人が足りない分を社長が埋めている状態は、数字の上では問題として現れません。人件費も増えませんし、納期も守れています。しかし経営者が現場作業に時間を取られるほど、事業を組み替える判断が遅れます。これは兆候の外側にある、最も見えにくいリスクです。
もうひとつが、家族や長年の従業員が支えているケース。この方々が高齢化したとき、代わりを外から採ることは簡単ではありません。「いま回っている理由」を言葉にしてみると、その理由がいつまで続くかも見えてきます。
採用より先に手を打てること
人手不足と聞くと、まず採用を強化しようという発想になります。ただ、採用は成果が出るまでに時間がかかり、しかも相手がいる話です。自社だけで決められる打ち手を先に済ませるほうが、結果的に早いことがあります。
ひとつめは、いま辞めそうな人を止めることです。新規採用だけでなく、現在いる人の定着に使える施策も先に検討する価値があります。負荷の偏り、評価への不満、将来の見通しのなさ——このあたりは、面談と処遇の見直しで手が届く範囲です。
ふたつめは、業務を減らすことです。人を増やす前に、やめられる仕事を探します。惰性で続けている作業、二重に作っている帳票、利益の出ていない取引。受注を選ぶという判断も、ここに含まれます。すべてを受けようとするから人が足りなくなる、という面は確かにあります。
みっつめは、手順を紙にすることです。属人化した業務を言語化しておけば、退職時の引き継ぎ期間が短くなり、新しい人の立ち上がりも早くなります。地味ですが、兆候2と3の両方に効きます。
よっつめが、採用の見直しです。ここまで手を打ったうえで、なお足りない分を採る。応募が集まらない構造そのものについては応募が来ない中小企業の発想転換で扱っています。
業種によって、出方が違う
同じ人手不足でも、業種によって現れやすい症状は変わります。自社に近いものを見てください。
建設業・運送業では、資格や経験が必要な職種ほど代替が効きません。ドライバー、施工管理、有資格者。1人抜けたときの穴が大きく、しかも採用市場でも取り合いになります。技能の継承と、資格取得の支援を、採用と同じ比重で考える必要があります。
飲食・小売・宿泊では、シフトが埋まらないことが直接的に営業時間の短縮や休業につながります。売上の減少がすぐに数字に出るぶん、危機は認識しやすい一方で、採用と離職が同時に高速で回るため、定着させる仕組みを持たない会社は消耗し続けます。
介護・福祉では、人員配置基準との関係が出てきます。人が足りないと、事業そのものの継続要件に関わります。制度上の制約があるぶん、シフトの工夫だけでは吸収しきれないのが特徴です。
製造業では、ベテランの退職とともに品質が落ちる形で表面化することがあります。不良率や手戻りの増加が、実は人の問題だったというケースです。品質の指標を、人員構成とあわせて見ると早く気づけます。
「人が足りない」を、経営会議の議題にする
最後に、進め方の話をひとつ。人手不足の問題は、現場の話として扱われているうちは解決しません。シフトが埋まらない、残業が増えた、といった日々の困りごととして処理され、構造的な打ち手が検討されないからです。
おすすめしたいのは、月次の数字に人の指標を1つ加えることです。売上や利益と並べて、たとえば「人手を理由に断った件数」「特定の人に集中している残業時間」「在籍者の平均勤続年数」のどれか1つ。数字として並ぶだけで、議題に上がる頻度が変わります。
そしてこの数字は、悪化してから見るのでは遅いという性質を持っています。売上は落ちてから対策できますが、人は辞めてからでは戻りません。だからこそ、まだ困っていないうちに測り始める価値があります。
取引先・金融機関に、どう説明するか
人手不足が事業に影響し始めたとき、社内の対策と同じくらい大事なのが社外への説明です。ここを黙っていると、状況は必要以上に悪く伝わります。
取引先に対しては、断るときの伝え方を変えるだけで違ってきます。「今は受けられません」で終えると、相手は「あの会社は弱っている」と受け取ります。「この時期なら受けられる」「この範囲までなら対応できる」と、条件つきの可否で答えるほうが、関係は保たれます。納期や量を調整すれば受けられる仕事は、実際には少なくありません。
金融機関に対しては、早めに状況を共有しておくほうが結果的に有利です。業績が落ちてから説明するより、「いま人の確保に課題があり、こういう手を打っている」と先に伝えておく。設備投資や省力化への融資を検討する場面でも、背景が共有されているかどうかで話の進み方が変わります。
そして、採用市場に対しても説明が要ります。人が足りない状態は、求職者にも見えています。「忙しくて大変そう」という印象だけが伝わると、ますます応募は集まりません。何に取り組んでいて、入社したら何が待っているのか。ここを言葉にできる会社と、できない会社とで差がつきます。
まとめ|人が減ったときに、組み替える時間が残っているか
整理します。①人手不足倒産は増加傾向にあり、なかでも従業員の退職を要因とするものが目立つ。②行き詰まりの兆候として、「受注を断る」「技能が途切れる」「残った人の労働時間が伸びる」「採用コスト・人件費が上がる」「次の担い手が育っていない」といった問題が、複数重なって現れることがある。③当社では、受注・技能・稼働の3つが同時に当てはまる状態を、事業継続への影響を詳しく確認したい警戒サインと見ている。④採用の前に、いる人を止める・業務を減らす・手順を紙にする、の3つを先に済ませる。⑤月次の数字に人の指標を1つ加えると、議題に上がるようになる。
人手不足で会社が行き詰まるとき、効いてくるのは人数の減少そのものだけではありません。人が減ったときに、事業を組み替える時間が残っているかどうかです。その時間を作れるかは、兆候にどれだけ早く気づけるかで変わります。まずは、この1年で人手を理由に断った仕事が何件あったかを数えてみてください。そこから見えることが、必ずあります。
